ピアニストの登竜門

2017/03/31
ピアニストの登竜門
雑学 人物

カール・ツェルニー



ピアノを習ったことがある人なら誰しもが通る道、ツェルニーのピアノ練習曲。
かくいう私も小学生の時分にツェルニーの練習曲を課題として出され、そのあまりの退屈さに途中で投げ出したという経験があります。
いま思えば足りないスキルや感性を身に付けるために教材を選んで頂いていたと思うのですが、自分の嫌いな曲は露骨に練習してこないという不真面目な態度であったためよく怒られていました。
それでも練習態度を改善しないでいると、クラシック名曲集というものに課題が変わり、先生に一通り弾いて頂いて私が気に入ったものが課題曲になるという何とも自由なスタイルになりました。

今思えば、あの時点で先生はこの子はピアノに向いていないと判断されたのだ思います。
結果高校生までピアノを続けるも、先生の見立ての通りにまったくもってスキルは伸びずじまい。
もっとちゃんと練習に向き合えばよかったと自省する日々です。

予断ですが、私が小さい頃は誰しもがバイエルという教材からスタートしたものですが、現在ではほとんど使われていないそうです。
そもそもバイエルは日本と韓国でのみ普及していた教材で、ハ長調且つト音記号で書かれた譜面を読む期間が長いため、黒鍵やヘ音記号に苦手意識を持ってしまうというデメリットがあったそうです。
しかし私のピアノが上達しなかった責めをバイエルの両肩に背負わせるには、少し私の背丈が足りないようにも思われます。

だいぶ話がそれました。
そんな練習曲を多く残したツェルニーですが、名を残した作曲家のご多分に漏れず、彼も神童と呼ばれる少年でした。
3歳でピアノを弾き7歳で作曲、9歳で公開演奏を行い10歳の時にはベートーヴェンにその才能を認められて弟子入りするほどです。
ベートーヴェンとはその後長く良好な師弟関係にあり、ベートーヴェンの作品のピアノ編曲や溺愛していた甥のカールのピアノ教師を任せられていました。
ベートーヴェンの食生活』でも紹介しましたが、偏屈なところのあるベートーヴェンからこれだけの信頼を勝ち得るのはなかなかのものです。

当初はピアニストとしてのキャリアを歩んでいたツェルニーですが、ピアノ教師であった父の血か、自身の天分が教師ないしは音楽理論家にあると悟ります。
以降は驚くべき速筆で数多くの作品を書き上げ、生涯で1,000曲以上を残すに至りました。

ピアノ教師として数多くの後進の指導にあたっていたツェルニーですが、その中でもとびきりの才能に出会います。
フランツ・リストです。
リストを師であるベートーヴェンに紹介すると、リスト少年はベートーヴェンの前でピアノ演奏を披露し、大変な賛辞を得たという逸話が残っています。

またツェルニーはピアノ練習曲だけでなく交響曲も残していますが、その第1番の発表は『20年の歳月をかけて作曲された交響曲』で紹介したブラームスより遅い56歳!
晩年も晩年です。
ツェルニーは残した作品数が膨大なため、まだその全てに光が当たっているわけではないですが、練習曲だけでなくこういった交響曲などに名曲が眠っている可能性もありますから、研究をするにはもってこいの作曲家かもしれませんね。

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