初演までに101年かかった作品

2016/12/02
初演までに101年かかった作品
雑学 楽曲

禿山の一夜



死のブランデー』で紹介したムソルグスキー
地主階級に生まれ、6歳にしてピアノの手ほどきを受けると、幼くしてその才を発揮しますが軍人に憧れて士官候補生になります。
軍務につきながらも音楽は独学で続け、後のロシア5人組の一端を担い合う音楽家たちと出会うと、音楽の道を志し軍隊を除隊します。

音楽を学ぶために一時ロシア5人組の一人、バラキレフに師事するもすぐに離れ、以後役人として仕事をしながら独学で作曲を続けるようになります。

自力で自作を出版するようになった1867年。
現代でも名曲の呼び声高い『禿山の一夜』の初稿が完成します。

『禿山の一夜』はゴーゴリの戯曲『聖ヨハネ祭の夜の禿山』から構想を得て作曲した交響詩で、聖ヨハネ祭の前夜に死神や魔物や幽霊、精霊達が大騒ぎするが、夜明けとともに消え去っていくというヨーロッパの言い伝えを元にしたものです。

リムスキー=コルサコフに宛てた手紙では、①魔物たちの集合、②サタンの行列、③サタンの邪教賛美、④魔女たちの盛大な夜会という4つの場面を曲想として構成されていると記されており、夜明けとともに消え去っていくという部分は表現されていないことが分かります。

ムソルグスキーはこの作品をバラキレフに持ち込み、初演での指揮を依頼するもバラキレフはこの作品を痛烈に批判し、ムソルグスキーの依頼を断ります。
管弦楽法に精通したバラキレフの目から見ると、ムソルグスキーが独学で身に付けた音楽語法は拙く見えたのでしょう。
結果ムソルグスキーの生前にこの『禿山の一夜』が演奏されることはありませんでした。

ムソルグスキーの死後、この作品に目を付けたのが、リムスキー=コルサコフです。
ムソルグスキーの才能を世に知らしめる為に『禿山の一夜』の一部を補筆し、ムソルグスキーが表現しなかった死神たちが夜明けとともに消え去っていくという言い伝えの場面を盛り込むと、オーケストレーションを1からやり直すことで洗練された作品に生まれ変わらせ、1886年に発表します。

元々あのドビュッシーが手放しで絶賛するほどに素晴らしかったムソルグスキーの旋律に、華麗なオーケストレーションで腕を鳴らしたリムスキー=コルサコフが編曲を施した訳ですから、人気が出ないはずがありません。
一気にムソルグスキーの名前が認知されていくこととなります。

こうして『禿山の一夜』は誰しもが知る作品となりますが、近年リムスキー=コルサコフの手が入っていない、1867年に完成した初稿、つまり原典版も演奏されるようになってきました。
この原典版が初演を迎えたのが1968年、実に作曲されてから101年後のことです。

リムスキー=コルサコフ版の様な洗練された感はないものの、独特の荒々しさがあり原典版も今では人気となっています。
添付した初めの動画がリムスキー=コルサコフ版、次の動画が原典版です。



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