ベートーヴェンの遺書

2016/11/06
ベートーヴェンの遺書
雑学

ハイリゲンシュタットの遺書



ベートーヴェンは1日に3リットルのワインを飲んでいた?』でベートーヴェンの健康状態とその原因について紹介しましたが、日々の体調不良に加えてベートーヴェンが難聴であったことは広く知られた事実かと思います。
音楽家としては致命的な症状であり、ベートーヴェンがひどく絶望したことは想像に難くありません。

そんな絶望の淵にいたベートーヴェンは静養地のハイリゲンシュタットにて、甥のカールと弟のヨハンに手紙をしたためます。
『ハイリゲンシュタットの遺書』と呼ばれるものです。

内容を簡単に紹介します。
まずは自身の死を思うほどの絶望について、毎年毎年回復に対する希望をろくでもない医師たちに打ち砕かれたと書いています。
つまり治療が効果をあげず、難聴の症状が進行していったということでしょう。

悪化する難聴のせいで元来、社交場が好きだったベートーヴェンは音楽家として当たり前のように優れていた、いや音楽家の中でも特に優れた感覚であった聴力が衰えていることを誰にも切り出すことが出来ず、孤独と共に引きこもるしかありませんでした。
「もっと大きな声で話して下さい。私は耳が聞こえないのです。」などとどうして言えようか!と悲痛な思いを打ち明けます。

気晴らしの気の利いた会話や意見交換など今後することはできず、人々の誤解の弁明も出来ぬまま引きこもるしかない状態を島流しにあうのと同じだと例えます。
時にあまりの孤独に耐え切れず人中に出てみれば、孤独よりも辛い屈辱にさらされ、次第に死を考えるようになりました。

しかし、ベートーヴェンを死から引き止めたのは芸術、ただ芸術でした。
課された使命を成し遂げぬまま死ぬことはできないと、その一身で孤独と屈辱に耐え続ける覚悟を決めたのです。
自ら死を引き寄せることはしないまでも、死を受け入れ、死と共に生きる覚悟です。

そして難儀な性格で知られるベートーヴェンの優しさが垣間見える文章が続きます。
「私が死んだ時にもしシュミット教授がまだ存命中であったなら、私の生前の病状報告を作ることを私の名前で依頼してこの文に添えて欲しい。そうすれば私の死後、多くの人々の私に対する誤解が晴れ、私を許してくれるだろう。」

この先はいわゆる遺書といった内容で、カールとヨハンに向けて、自身の死後の指示やどのように生きていくかということが書かれています。

この『ハイリゲンシュタットの遺書』をしたためた後、ベートーヴェンは歴史に残る傑作を次から次へと生み出していきます。
楽聖ベートーヴェンも当然ひとりの人間であり、死をも取り込んでしまうほどの覚悟が、その天分を開花させるきっかけになったことがよく分かりますね。

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