3人目のヨハン・シュトラウス

2016/09/14
3人目のヨハン・シュトラウス
人物

ヨハン・シュトラウス3世



王の名を息子に奪われた父』、『ワルツ王の誕生』でヨハン・シュトラウス親子を紹介しましたが、本日は3人目のヨハン・シュトラウスを紹介します。
ヨハン・シュトラウス1世の末子の長男、つまり孫にあたりヨハン・シュトラウス2世から見れば甥にあたる人物、それがヨハン・シュトラウス3世です。

父であるエドゥアルト・シュトラウスが音楽家になることを望まなかったこともあり、音楽の素地は学ぶもののオーストリア帝国の文部省に会計士として勤めることになります。
音楽家になることを望まないのにヨハン・シュトラウスの名を背負わせるというのも不思議ですが、、

しかしそこはシュトラウス一家の血を継いだ者、さらにはウィーンでは知らないものはいないヨハン・シュトラウスの名を受け継いでいるわけですから、シュトラウスの血に引っ張られるようにヨハン・シュトラウス3世も音楽の道を志すようになります。
叔父がワルツ王というこれ以上ない環境ですから、ヨハン・シュトラウス2世から音楽について学ぶと同時にデビューについても大きな苦労をすることなく大きな舞台が用意されることとなりました。

デビューを無事に迎えたまではよかったものの、祖父の叔父の親の七光りでデビューしたヨハン・シュトラウス3世には厳しい批判がつきまとうようになります。
それがヨハン・シュトラウスという名前の重さでした。

文部省の職を辞し、音楽家として2本の足で立ったその年にワルツ王の叔父、ヨハン・シュトラウス2世が亡くなります。
さらには父であるエドゥアルト・シュトラウスが自身の引退とともにヨハン・シュトラウス1世から受け継いできたシュトラウス楽団を解散させた為、ヨハン・シュトラウス3世は自身の楽団を設立する必要に迫られました。

最大の後ろ盾をなくしたヨハン・シュトラウス3世はヨーロッパ各地を演奏旅行をしながら回りますが、指揮者として才能を示していた父の色を継ぐように、次第に作曲家としての活動から指揮者としての活動に重心をシフトしていきます。
本拠地をウィーンからベルリンに移した後も自身の楽団を率いて演奏旅行とレコーディングを繰り返し、ヨハン・シュトラウス3世は次第にその名に伴った評価を得ていくようになります。

晩年にはシュトラウス一家の音楽を世界に紹介していくことに天分を見出し、その献身性と謙虚さを評価する声の中でその生涯を終えます。

ちなみにヨハン・シュトラウス3世の長男もヨハン・シュトラウス、そのまた長男、つまりヨハン・シュトラウス3世の孫もヨハン・シュトラウスですのでその名は受け継がれていくこととなりますが、音楽家ヨハン・シュトラウスは3世の死をもってその歴史に幕を閉じました。

バッハの華麗なる一族』で紹介した、バッハ一族にも引けを取らない程の華麗な音楽一家であるシュトラウス一家ですが、その音楽家の血はヨハン・シュトラウス3世の弟の子供、つまり甥にあたるエドゥアルト・シュトラウス2世を最後にして途絶えることとなります。

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