ヴィヴァルディという発見

2016/06/22
ヴィヴァルディという発見
人物

きっかけはあの音楽の父



クラシック音楽で『四季』と言えば誰しもがヴィヴァルディの名をあげるかと思いますが、実はヴィヴァルディは最近になってその存在を知られるようになった作曲家です。
もちろん当時から無名だったということではなく、バロック時代を代表するような大作曲家であったにも関わらず、その存在が長い間忘れ去られていたのです。

かの音楽の父と呼ばれるバッハメンデルスゾーンによって光を当てられるまでは知る人ぞ知るというような存在だったことは、以前に『メンデルスゾーンの功績』という記事にて紹介しました。
当時は作曲家というよりそこそこ有名なオルガン奏者という認識だったようです。

メンデルスゾーン指揮によるマタイ受難曲の演奏会の成功によって再び脚光を浴びたバッハですが、その作品の秀逸さは改めて話すまでもありませんよね。
次々と発見されるバッハの珠玉の作品群に触れた研究者たちは、宝物の地図を手に入れた海賊のように我先にとバッハ研究に勤しむようになりました。

研究が進むに連れてどんどん浮き彫りになっていくバッハの偉大さ。
そしてそんなバッハにもお手本にしていた作曲家がいることが明らかになったのです。
それがヴィヴァルディでした。
時は20世紀も半ばに差し掛かった頃です。

ヴィヴァルディの発見から今日の名声に至るまでに多くの時間は必要としませんでした。
ヴィヴァルディは筆が早いタイプだったようで数多くの作品が出版されており、『四季』に代表されるような室内楽に限らず、当時人気を博していたオペラや宗教音楽などそのジャンルも多岐に渡っていました。
その中でもオペラは高い評価を受け、ヨーロッパ各地での上演を成功させると、当時のローマ皇帝カール6世への謁見を許されるほどの人気と名声を得ることに成功しました。

ではなぜこのような偉大な作曲家が近年まで歴史の闇に埋もれてしまっていたのでしょうか。

時代の転換期



バッハヴィヴァルディもバロック後期の作曲家です。
古典派音楽の風が吹き始めた晩年には、バッハヴィヴァルディの音楽は古い音楽と見られてしまっていたのです。
作品を古いと認定されてしまった作曲家は抗うすべなく人々の記憶から忘れられていき、その死後完全に歴史の闇に飲み込まれていってしまいました。

ヴィヴァルディは不幸が重なったこともありますが、バッハ以上にその名声が急降下しています。
オペラ興業で大きな財産を築いたヴィヴァルディは、人気復権をかけてウィーンでのオペラ興業を計画します。
しかしパトロンであったカール6世が亡くなると、喪に服す為に1年間の興業が禁止されてしまいました。

興業のために多くの借金を抱えていたヴィヴァルディはそれを回収するチャンスとパトロンを同時に失い、失意の中、ウィーンでその生涯に終止符を打ちます。
古い作曲家というレッテルを貼られたまま、故郷に戻ることなくウィーンの貧民墓地に埋葬されたヴィヴァルディ
一時代を築いた大作曲家にはまるで似つかわしくない最期でした。

しかしやはり音楽の神様はこの大作曲家をこのままにはしておきませんでした。
バッハをきっかけに再評価されたヴィヴァルディはまだ研究年数も浅く、これから多くの新しい発見がなされることと思います。
これから発見される作品に期待を膨らませるということも、クラシック音楽の醍醐味のひとつかもしれませんね。

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