不世出の日本人ヴァイオリニスト

2016/05/04
不世出の日本人ヴァイオリニスト
人物

神童



音楽の世界ではモーツァルトメンデルスゾーンのように若くしてその才能を発揮し、神童と呼ばれた音楽家が存在します。
日本人ヴァイオリニストの渡辺茂夫も神童と呼ばれた音楽家のひとりでした。

ヴァイオリニストの母、ヴァイオリン教室を営む叔父(両親離婚後にこの叔父の養子となった為、以降義父と表記)という音楽一家に生まれ、5歳から義父の教室でヴァイオリンを習い始めます。
習い始めた頃は他の生徒よりも不器用で、義父はものになるかどうか訝しがったそうですが、毎日7~8時間という猛特訓を行った結果その才能が一気に花開きます。

7歳の頃にはその完璧なテクニックと音楽的な素養を絶賛され交響楽団と共演、さらに翌年には名古屋交響楽団と共演し、楽団員と比べてもまったく遜色ない演奏を披露しました。
楽団員もこの茂夫少年を高く評価し、『天から神様が舞い降りたかのよう』と表現しています。
技術的に巧いという天才は他にもいるが、他の人にはない『何か』、その神様や才能と表現される『何か』、渡辺茂夫のヴァイオリンの音色は彼にしか出せない特別な源泉を持った音だったそうです。
さらには作曲の分野でもその才能の片鱗を見せつけ、小学生にしてその作品は音大教授に最大級の賛辞を送られる程でした。

そして1954年5月、12歳の時に運命を左右する出来事が起こります。
『ヴァイオリニストの王』と称された世界的ヴァイオリニスト、ハイフェッツが来日します。
このハイフェッツという音楽家は同時代の全てのヴァイオリニストが意識せざるを得なかった程の超絶技巧を誇り、奇しくも茂夫と同じ7歳でデビューした神童と呼ばれる音楽家でした。
またハイフェッツはアウアーに師事しアウアー奏法と言われる奏法をマスターしていましたが、茂夫の義父もアウアー奏法の流れを汲んでおり、茂夫はこのアウアー奏法に関してほぼ完璧というレベルまでに到達していました。

来日中のとある機会に茂夫の演奏を耳にしたハイフェッツは彼をホテルへと招きます。
そこで茂夫のヴァイオリンを聴いたハイフェッツはその才能を絶賛し、『100年に1人の天才』と謳われた自身と同じような評価を彼に与えます。

戦後間もない頃ですから、まだアメリカと日本は実際の距離以上に遠く離れていた時代です。
そのアメリカのジュリアード音楽院にハイフェッツの熱烈な推薦によって、無試験で且つ生活費の補助も受けられるという破格の条件で、茂夫は単身渡米します。

アメリカでは当代きっての音楽教師であったガラミアンに師事しヴァイオリンを学びますが、茂夫の才能に惚れ込んだガラミアンは、アウアー奏法に端を発する茂夫に身に付いた奏法ではなく、自身の流儀に沿った形でヴァイオリンを指導します。

しかしジュリアード音楽院でも『二十世紀のモーツァルト』と謳われるほどであった茂夫の天性は、既にその歳にして彼の身に付けた奏法において完成の域に指をかけるレベルでした。
茂夫は新しい奏法でのヴァイオリン指導を受ける毎に混乱を深めていくという蟻地獄に陥り、仕舞いには精神に変調をきたし精神科の診察を受けるまでに至ります。

さらに、本来援助として支給されるはずの生活費が適切に支給されず、生活が次第に困窮を極めていった結果、茂夫は誰も親身になってくれないと周りに漏らすようになり、極度の孤独感から他人を嫌悪していくようになりました。

そして16歳となった11月、渡辺茂夫は二度とヴァイオリンを演奏することも、音楽を作曲することも、それどころか介護なしでは生きられない状態となりました。

その原因についてはここではあえて触れませんが、渡米が彼の運命を大きく変えてしまったことは事実です。
彼の留学前の演奏を集めたCDや本が今でも売られていますので、興味のある方は彼の演奏や生涯に触れてみてはいかがでしょうか。

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