リストの娘とワーグナー

2016/04/04
リストの娘とワーグナー
雑学 人物

リストの娘コジマ



ピアノの超絶技巧だけでなく、派手なアクションで当時アイドル的な人気を博したピアニスト、フランツ・リスト
リストはその人気を裏付ける様に数々の女性と浮名を流しますが、22歳の時に6歳上の伯爵夫人と不倫の関係となり、3人の子供をもうけます。
その次女が今回の記事で取り上げるコジマです。

コジマは20歳の時にリストの弟子であり、またワーグナーの弟子でもある近代指揮法の父、ハンス・フォン・ビューローと結婚します。

ビューローは作曲者が指揮棒を振ることがほとんどだった時代で初めての専業指揮者となり、ワーグナーの提唱する作品解釈に基づいた指揮法に同調し、その指揮法を確立した大指揮者です。

コジマはビューローとの間に二児をもうけますが、25歳の時に幼少時から尊敬の念を抱いていたビューローの師であるワーグナーと出会い、急速に惹かれていきます。

しかし当のワーグナーは革命運動に参加したことが原因で全国から指名手配されており、やっとドイツ諸邦への入国が許可された非常にナイーブな時期をスイスのトリープシェンで過ごしていました。

ワーグナーの逆境を見かねたコジマはビューローとの婚姻状態を破棄することなく、スイスに移り住みそこで3人の子供を産みます。
そして音楽的には優れながらも、自分本位で極度の浪費癖と人間としては難のあるワーグナーを献身的に支えていくようになります。

コジマ33歳の時に正式にビューローとの離婚が成立し、ワーグナーと結婚の運びとなりました。

バイロイト祝祭劇場



コジマの包容の中で息を引き取ったワーグナーですが、その死後もコジマはワーグナーの残した作品を献身的に支え続けます。
生前ワーグナーは、長年の夢であった自身の作品の為の劇場、バイロイト祝祭劇場を建設していますが、ワーグナーの死後この劇場の運営をコジマ自ら行ったのです。

バイロイト祝祭劇場は第二次世界大戦中に空襲を受けますが奇跡的に劇場はその難を逃れ、ナチスの庇護を受けたことにより一時アメリカに接収されますが、最終的には返還されています。
資金の問題など数々の壁を乗り越えてきたバイロイト祝祭劇場は、この劇場でしか上演されないワーグナーの作品もあり、今日でもチケット取るのが難しい非常に人気の劇場となっています。

そして現在もコジマのひ孫が、ワーグナーの残したバイロイト祝祭劇場を日々守り続けています。

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