エリック・サティという突然変異

2016/02/02
エリック・サティという突然変異
人物 雑学

自称『音響計測者』



バロック、古典派、ロマン派と一段一段、階段を昇るように変化を遂げてきたクラシック音楽ですが、ある日、穏やかに流れる春の小川を撃ち抜く雷の様なひとりの音楽家が誕生します。
エリック・サティその人です。
『音楽界の異端児』、果ては『変人』と称される人物ですが、サティが印象主義音楽から現代音楽までに大きな影響を与えたのは疑いようのない事実です。

教会のオルガンの音色に魅かれ、音楽に傾倒していったサティですが、キャリアのスタートは当時から最先端の音楽家を輩出しているパリ音楽院から始まります。
異端児とは思えぬ、エリート街道からのスタートですね。
しかしサティはこのパリ音楽院をやめてしまいます。
理由は『退屈』だから。
音楽に魅せられて、パリ音楽院という誰もが憧れる学校に入学しながら、そこの教育に染まらなかった。
ここがサティサティたらしめている一番の要因ではないかと思います。
軍隊入隊を経て、シャンソン酒場のピアノ弾きになったサティは本格的な作曲活動をスタートさせます。

サティの音楽のその圧倒的な特徴は、数多の時代を代表する作曲家が研鑽を積んできたその形式や理論に捉われなかったことから生まれています。
対位法や和声進行などのルールに縛られることなく、響いた音が美しければそれが正解じゃないかというあまりにもシンプルな哲学です。
調性という枠組みから飛び出したサティの音楽は楽譜の書き方も独自のものとなり、調号表記や拍子記号、終止線なども廃止されていきました。

さらには当時の音楽は、コンサート会場でじっくり鑑賞するというのが当然でしたが、酒場のピアノ弾きという経験から当たり前の様にそこにある音楽を目指すようになります。
サティはそれを『家具の音楽』と呼びました。
家具のように当たり前のようにそこにある音楽という意味ですね。
現在で言うところのBGMのはしりです。
とある演奏会の休憩時間にサティは、お客さんが自由に会話を楽しむ後ろで音楽を奏でるという新しい試みをします。
しかしいざ曲が始まると、その曲の素晴らしさに全員が会話をやめて、サティの音楽に聴き入ってしまいました。
この状況を見たサティは「音楽を聴くんじゃない!おしゃべりを続けるんだ!」と激怒しながら演奏を続けたそうです。
曲を奏でておいて聴くんじゃない!と怒られても当時の慣習の中では何のことだかちんぷんかんぷんだったでしょう。

このような独自の哲学によって鳴らされた音を作品としてまとめるという作曲家であったことから、自身のことを『音響計測者』と呼んだのかもしれませんね。

この型破りな音楽は印象主義音楽を代表するドビュッシーラヴェルにも影響を与えており、ドビュッシーサティの『ジムノペディ』を聴いて、古い形式に捉われない新しい音楽に自分の本道を見つけたと言われています。
この時ドビュッシーはローマ大賞を受賞した新進気鋭の作曲家、サティはパリ音楽院の学生。
しかしドビュッシーはこの年下の作曲家に大きな尊敬の念を抱き、『ジムノペディ』の管弦楽アレンジを行い、私生活においても長らく友人関係を結びました。
そしてサティは時代を超えて現代の作曲家にも大きな影響を与え続けているのです。

変人エピソード



生涯独身で丸い山高帽子に丸い縁なしメガネをかけ、山羊髭をたくわえた怪しい風貌。
金銭にもまるで頓着せず精神的な自由を追い求め、自分への報酬が高すぎると感じると自ら値下げを要求し、常に何ものからも自由であろうとしていました。
そのせいでこれだけの名声を得ながら、常にその生活は貧しかったようです。

また普段のサティの暮らしぶりを知る者はなく、死後彼の部屋からは不思議なものが数多く発見されています。
まずは100本を超えるこうもり傘。
サティは批評家と決闘して留置場に入れられたという逸話があるのですが、その時の武器もこうもり傘だったようですから、彼にとっては身近な、何か象徴的なものだったのかもしれません。

次に装飾文字や絵の書かれた大量の謎のカード。
これらは全て自身で書いたものらしく、似たエピソードで信者が自分しかいない宗教を作ってしまったというものがあります。
元々『薔薇十字団』という秘密結社に所属し、公認の作曲家として活動していたサティですが、そこを脱退すると『導き手イエスのメトロポリタン芸術教会』という宗教を立ち上げます。
信者は自分ひとりしかいないのに、16億人分以上もの階級とその衣服を考えていたそうです。
とても信心深い人だったようですが、自分の信仰や思想を色濃く反映させた何かを作るのが好きだったのかもしれませんね。

そして部屋になぜか2台あった大きなグランドピアノ。
うち1台は空っぽで中には大量の未開封の手紙があったそうです。
未開封というところがサティらしいエピソードですね。

またサティは自身の曲になんとも奇妙なタイトルを付けることでも知られています。
『犬のためのぶよぶよした前奏曲』、『官僚的なソナチネ』、『干からびた胎児』、『いつも片目を開けて眠るよく肥った猿の王様を目覚めさせる為のファンファーレ』、『梨の形をした3つの小品』などなど挙げれば枚挙にいとまがありません。
その中でも『梨の形をした3つの小品』はドビュッシーに「君の音楽にはあまりにも形式がなさすぎる。」と言われて、だったら形をつけてやろうとネーミングされたものです。
この辺の機知に富んだ発想もサティの魅力のひとつですね。

ある意味でサティは音楽だけでなく、その生き方すらも現代を生きる我々の手本になり得る人物だと思います。
過去の慣習や誰かの評価なんて気にすることもなく、自身の信念を基に新しい道を切り開いていく。
真の芸術家であり、真の人間であった人物のように感じます。

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